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もうすぐこの世界に入って40年が経ちます。

 

高校を卒業して18歳で調理師専門学校へ行ったのが1980年、再来年2020年でちょうど40年、思い起こせば、10年で基礎工事ができ、20年で道の入口に入り、30年で道の風景が見えて、40年を前に思うのは、それぞれの節目に人生の法則を教わったという思いがあります。

 

ある雑誌にこんな文章が書いてありました。

 

10年で得たそれは、人間の花は10年後に咲くということである。

 

人間の花はすぐには咲かない。5年・6年でも咲かない。こんなに努力しているのに、途中で投げ出す人がいるが、それでは永遠に花は咲かない。

 

10年の歳月が教えてくれた法則である。

 

 

20年で得たのは、人生は投じたものしか返ってこないということである。

 

人生に何を投じたのか。投じたものが自分に返ってくる。

 

人目がないところでは手を抜く。

 

それも人生に投じたものである。そういう姿勢はその時さほど意識はされないが、数年、あるいは数十年後に必ず自分の人生に返ってくる。恐るべきことである。

 

 

30年で得た気づきは、人生は何をキャッチするか。キャッチするものの中身が人生を決めるということである。

 

同じ話を聞いても同じ体験をしても、キャッチするものの中身は千差万別である。

 

つまり人生は受け手の姿勢が常に問われるということである。

 

そして、キャッチするものの質と量は、その人の真剣度に比例する。

 

 

40年のいま抱いている思いは、道は無窮ということだ。

 

道に限りはない。人生、これでいいということはない。

 

修行に完成はない。死ぬまでまだまだと思って修行する。

 

人は何のために生きるか。何のために働くのか。

 

何のために学ぶのか。

 

人生の法則は常にシンプルである。それを身に付けるには一生を要する。

 

 

 

自分自身に置き換えるとこのように分かれるような気がします。

 

※《下記》は辞書で調べたものです。

 

 

20代 《野望》 分不相応な望み。また身の程を知らない大それた野心

 

30代 《欲望》 不足を感じてこれを満たそうと強く望むこと。また、その心。

 

40代 《失望》 期待がはずれてがっかりすること。また、その結果、希望を持てなくなること。

 

50代 《人望》 信頼が出来る人物として、人々から慕い仰がれること。

 

60代 《希望》 実現を待ち望むこと。また、将来への明るい見通し。

 

 

解説しますと、とにかく20代の頃は野望に満ち溢れていました。

 

結婚もして子供も出来てお金もないのに身の程を知らない自分はフランスへと修行に行きました。

 

その代償を償おうと30代は必死で働き、何をやっても満足することなく常に欲望にかられた日々を送っていました。

 

40代は商売・経営の難しさに悩み、後半は店を辞めることばかり考えていました。

 

50代になってこれからは人望を身に付けないといけないと気づき、今半ばを過ぎたところです。

 

60代は料理人としても経営者としても希望の持てる人生にしていきたいと真剣に思っています。

 

 

 

只今、56歳 どう考えても人生の3分の2は過ぎようとしています。

 

あと、3分の1足して84歳まで生きられるかどうかは誰も解りません。

 

 

今、うちの若者たちのほとんどは、まだ人生の3分の1にも満たない子達ばかりです。

 

その子達には「一生に一度の人生、精一杯生きていこう」と言いたい。

 

そして、自分自身には「一生に一度の人生、精一杯散っていこう」と思っています。

 

人それぞれ人生のターニングポイントがあると思いますが、84歳まで生きたと想定してちょうど半分の42歳の時の大病が死を意識した瞬間だと感じています。

 

まだ3分の1あるのか、もう3分の1しかないのか思うのは人それぞれです。

 

自分自身の考えとしてはその場その場で「まだ3分の1」「もう3分の1」をうまく使い分けて生きていきたいと思っています。

 

そして、「人生の法則」に基づいて次の事業計画も精一杯やっていく覚悟です。

 

それにはスタッフ全員の協力が必要です。

 

 

宜しくお願いします!!

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